Photo by Kaohsiung Museum of Fine Art

風景/身体/言葉のあいだ
Between Landscapes / Bodies / Languages

自分と向き合うこと。そして、その自分を携えて誰かと関係を結ぶこと。

anno lab メンバーの長野櫻子が、PAIR × 福岡アジア美術館交流プログラムにより台湾・高雄市 Pier-2 Art Center に滞在し制作した個展。約三ヶ月を過ごした塩埕区を舞台に、日本人としてのアイデンティティを問い直しながら、その土地と人との関係を築こうと試みた記録を、5つの作品で発表しました。

会場は大きく2つのエリアで構成されています。ひとつは、日本人としての自己と塩埕という場所が交差する内省的な空間。もうひとつは、そのアイデンティティを抱えたまま、他者と関わっていく過程を扱った空間です。

 

 

山のあなたの空遠く Over the Mountains

日本統治時代に寿山(Shòu Shān)と名付けられたその山を、画家・張啓華は生涯にわたって描き続けました。時代を隔て、作家もまた同じ山を見つめます。しかし現代の街では高いビルが視界を遮り、スマートフォンをビルの隙間にかざし、画面を拡大してようやくその稜線を見つけ出す。時代も背景も異なる二人の間に、ただ変わらぬ山だけが横たわっています。

Photo by Kaohsiung Museum of Fine Art

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鹽埕区に来た当初、私はこの街に山があることを知りませんでした。調べていくうちに、古代からこの地に山と文化が根付いていたこと、日本統治下でその名前が変えられた歴史があることを知りました。

画家・張啓華は、日本統治下に生まれ、日本の美術大学に留学した人物です。彼は生涯にわたって壽山を描き続けました。彼の絵の中では、山がはっきりと、揺るぎなく存在しています。けれど外国人である私が今、同じ山を見ようとすると、地上に立ってビルの隙間にスマートフォンをかざし、ようやくその稜線を見つけ出すことしかできません。

私はもともと上田敏が翻訳したカール・ブッセの「山のあなた」という詩を好み、山を描くシリーズを制作していました。張啓華の生涯を知るうちに、彼がなぜ山を描き続けたのかが気になり始めました。もしかしたら、彼も同じ詩を知っていたかもしれない。時代も立場も異なる私たちが、同じ山を見ている——その感覚がこの作品の出発点です。

絵の形は、私のスマートフォンの画面を模しています。スマホは現代における世界への「窓」であり、外国語が不自由なこの滞在中、それは文字通り私の視点として機能していました。作品が飾られている高さは、私自身の目線に合わせています。

 

 

とうめいなもじ こえのないことば  透明的文字,無聲的話語

塩埕区の街を歩くと、ひらがなやカタカナに出会います。かつて日本語教育が行われたこの地で、今それらの文字は、おもしろいから、あるいは品質が良く見えるからと使われています。奪い取った歴史の重さと、今誰かが楽しんで使っていることへの嬉しさ。その矛盾を抱えたまま採集した街の文字を、意味をなさない羅列へと並べ替える。この孤独でちぐはぐな作業は、誰とも共有し得ないものです。誰にも共有できない気持ちは、誰の共感も求めない文字の塊になります。

Photo by Kaohsiung Museum of Fine Art

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集めた文字たちは、この作品の中で、意味をなさない5・7・5の俳句として生成され続けます。次にどの文字が選ばれるかは私にもわかりません。プログラムによってランダムに選択され、ひとつひとつ書き続けられます。

よく見ていると、文字がゆっくり書かれたり、急いで書かれたりしていることに気づくかもしれません。これは、私が台湾で過ごした3ヶ月の生活リズムをもとにタイムラインが構成されているからです。朝食を抜いて11時頃にブランチを食べていた私は、お昼の12時から1時にかけて眠くなっていました。この時間帯に会場を訪れると、私が書いた眠たげな文字を見ることができます。

文字がどこで収集されたかはモニターに表示されます。また、会場の壁には採集したひらがな・カタカナをカードにして展示しており、地図と照らし合わせながら、どの文字がどこで見つかったかを鑑賞者が辿ることができます。

 

 

昨日のつづき、明日のあわい Yesterday’s Sequel, Tomorrow’s Liminality

塩埕区で出会った水餃子屋の双子の姉妹と、三つのプロジェクトを行いました。質問を投げかけ合うこと、一ヶ月間日記をつけ翻訳し合うこと、SAFE OUT運動とラジオ体操を共にすること。共通の言語を持たないまま、互いの知らない生活や気持ちを綴り、異なる背景を持つ他者を知っていく。かつて統治下の教育で集団意識をつくるために用いられたラジオ体操という事実に、今はそれを通じて彼女たちと親しくなることで対抗する。今を生きる一人の人間として、この地に新しい関係を築こうと試みた、一ヶ月の記録です。

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スタジオから自転車で10分ほどのところに、家族で営む水餃子屋があります。レジデンスのコーディネーターさんに教えてもらい訪ねてみると、若い女性が2人働いていました。制作以外の仕事で慌ただしかった当時、私はほぼ毎日のようにこの店に通い、ふたりと少しずつ言葉を交わすようになりました。

やがて私たちは、3つのプロジェクトを行うことにしました。

 

Asking Each Other Questions with the Twins

共通の言語を持たない私たちは、短い英語とスマートフォンの翻訳アプリを頼りに、ひとつずつ問いを投げかけ合いました。テーブルの作品は、その会話の様子を再現したものです。

 

Writing Diaries with the Twins

それぞれが一ヶ月間、日記を書きました。交流を通じて友達になっていく一方で、私たちはそれぞれ別の人間でもあります。違うことを考え、違うことを感じて生きている。そのような個人としての存在を示すものとして、日記を選びました。

私が日本語で書いた日記を彼女たちに渡すと、おそらくスマートフォンのアプリを使いながら、中国語に翻訳して書き直してくれました。彼女たちの日記も同じように、私がアプリを介して日本語に翻訳しました。壁には原文を上段に、翻訳を下段に並べています。

 

Doing Exercises Together with the Twins

会場の中でもっとも大きな作品は、3人で体操をする場面のアニメーションです。台湾のSAFE OUT体操と日本のラジオ体操を実際に一緒に行った映像を、ロトスコープという技法でアニメーション化しました。ディテールは省かれていますが、生々しい動きはそのまま残っています。楽しみながら一緒に体を動かしたあの時間を、そのまま作品にしたいと思いました。